【将門塚の祟り】配信者・愛之助氏の不敬行為と過去の不審死事件から見る平将門公の恐ろしさ

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過去にも将門塚を蹴った配信者が、将門公ゆかりの地で不審な死… 首塚は本当に恐ろしい場所です。 将門塚で奇声を発し、抱きついたKICK配信者の愛之助氏はどうなる?

この動画では、配信者の「愛之助」氏が東京都千代田区にある将門塚(平将門の首塚)で不適切な行為(石碑への登攀、奇声、局部露出など)を行い、管理者から被害届が出された件について、その歴史的・霊的な恐ろしさを中心にジャーナリスト・三枝玄太郎氏が解説しています。

主な内容

  • 将門塚の祟り伝説: 過去に塚を撤去しようとした際や、周囲にビルを建てる際に起きた不可解な事故や不幸について、国税庁のサイトでも触れられている事実を引用して解説しています (3:04 – 4:26)。
  • ビジネス上のタブー: 将門塚に背を向けて座るだけで体調を崩すと言われ、周辺のオフィスビルでは現在もそれが避けられているというエピソードが紹介されています (4:57 – 5:14)。
  • 過去の事例: 以前、別の配信者(ヘナチョコサダ氏)が将門塚で同様の不敬な行為を行い、その後、将門公ゆかりの地で転落死したとされる事例が語られています (9:06 – 11:00)。
  • 歴史的背景: 平将門が「日本三大怨霊」の一人として別格の存在であること、そして将門塚が単なる心霊スポットではなく、1000年以上にわたり供養され続けてきた神聖な場であることを強調しています (5:48 – 6:04, 13:42 – 13:56)。

三枝氏は、今回の配信者の行為がいかに危険で無謀であるかを強く警告し、神聖な場所に対する敬意を持つべきだと説いています。

【詳細】米軍が体験した将門塚の祟りとは?

動画によると、太平洋戦争後に米軍が将門塚の整理を試みた際、ブルドーザーが転倒する事故が発生し、運転手が亡くなったという事実が語られています。(04:18 – 04:26)

【詳細】大蔵省で起きた祟りの噂

大蔵省(現在の財務省)と将門塚にまつわる「祟り」の噂は、歴史的に非常に有名で、国税庁の公式ウェブサイトでも紹介されるほどの逸話です。

祟りの伝説の始まり:

  • 関東大震災後(1923年): 震災で被害を受けた大蔵省庁舎の再建工事の際、敷地内にあった将門塚の石室を壊し、周辺の池を埋め立てて仮庁舎を建設しました。
  • 不可解な不幸: その後、大蔵省関係者に相次いで不幸が訪れました。当時の大蔵大臣や工事部長をはじめ、短期間に多数の職員が急死、または病気や怪我に見舞われました。 これを「平将門の祟り」と恐れた人々によって、供養碑が建立されることとなりました (3:04-4:04)。

その後の展開:

  • 昭和15年(1940年): 将門没後1000年にあたるこの年、落雷により大蔵省庁舎が全焼するという火災が発生しました。これも将門の怨念によるものという噂が広まり、再び大蔵省による祭祀が行われました (4:10-4:15)。

このように、将門塚は単なる心霊スポットではなく、1000年以上にわたり地元の人々や企業によって手厚く供養されてきた神聖な場として、現代でも深く敬われています (5:48-6:04)。

【独自】日本三大怨霊について

日本三大怨霊」とは、歴史上、特に強大な怨念を抱いて亡くなり、死後に恐ろしい祟りをもたらしたとされる菅原道真平将門崇徳天皇の3人を指すのが一般的です。それぞれが怨霊となった背景には、権力争いによる非業の死や、深い無念があります。

1. 菅原道真(すがわら の みちざね)

平安時代の学者・政治家。右大臣まで昇進しましたが、政敵である藤原氏の陰謀により、無実の罪で大宰府(現在の福岡県)へ左遷され、失意のうちに亡くなりました。

  • 背景と伝説: 道真の死後、京都では彼の政敵や関係者が相次いで急死したり、清涼殿への落雷事件が発生したりするなど、都を揺るがす災いが続きました。人々はこれを「道真の祟り」と恐れ、後にその魂を鎮めるために神として祀り(北野天満宮など)、現在では学問の神様として広く信仰されています。

2. 平将門(たいら の まさかど)

平安時代中期、関東で自ら「新皇」を名乗り、朝廷に反旗を翻した武将です。乱を起こしましたが、最終的には追討されて敗死しました。

  • 背景と伝説: 討ち取られた将門の首は京都で晒されましたが、伝説ではその首が夜な夜な夜空を飛んで故郷の関東へ戻ろうとしたとされています。東京都千代田区にある「将門の首塚」は、その飛来した首が落ちた場所と伝わり、現在でも強い祟り伝説が残る聖域として手厚く供養されています。

3. 崇徳天皇(すとく てんのう)

第75代天皇。保元の乱(1156年)で敗れ、讃岐国(現在の香川県)へ流罪となりました。

  • 背景と伝説: 崇徳上皇は配流先で仏教に帰依し、反省の意を込めて写経を送り届けましたが、朝廷に拒絶されました。これに激怒した上皇は、舌を噛み切ってその血で「日本国の大魔縁となり、皇を民とし民を皇となさん」という誓文を書き残したとされ、以後、朝廷や都を襲う数々の大火や疫病、天変地異が上皇の祟りであると恐れられました。

ネットの反応

  • 神社仏閣に火を放った輩達にも罰が下る事を望みます。
  • 平将門塚かどうか問わずそういうことはするものではない。
  • 三井物産の社長室では決して背を向ける位置に座ってはならないとされ、就任のたびに新社長はお参りする習わしがあるという。本人がどういう目に遭おうとも自己責任ですね。
  • 畏敬の念を持てない人間 育ちなんでしょう、、
  • このニュースは逮捕案件で当然だが、靖国参拝のように個人の信心行為を政治に利用をするマスメディアも同罪に等しいのでは? マジで、罰を受けて欲しい…
  • 触らぬ神に祟りなし…神仏・大自然・偉人への畏怖畏敬の念は大切だと思っています。

当該動画

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