はじめに
国際政治アナリストの伊藤貫氏による「アメリカと対峙した中川昭一、アメリカに追従せざるを得なかった安倍晋三」と題されたYouTubeセミナーは、日本の現代政治史における二人の重要な政治家を比較し、日本の外交・防衛政策の現状と課題を浮き彫りにする試みです。
伊藤氏は、自身の個人的な交流や観察を基に、中川昭一氏と安倍晋三氏という二人の政治家の思想と行動を分析します。この二人の政治家を通じて、伊藤氏は日本の対米関係、核政策、そして自主防衛の問題に切り込んでいきます。
特に注目すべきは、中川昭一氏との親密な関係から得られた洞察と、安倍晋三氏の政治手腕に対する評価です。伊藤氏は、中川氏をアメリカと対峙した正直で勇気ある政治家として描く一方、安倍氏をより戦術的に優れているものの、結果的にアメリカに追従せざるを得なかった政治家として描いています。
このセミナーは、単なる個人の回顧談にとどまらず、戦後日本の外交政策の根幹に関わる問題、特に日米関係と核政策に関する重要な洞察を提供しています。また、アメリカのディープステートの影響力や、日本の政治家たちがどのようにそれに対応してきたかについても興味深い視点を提示しています。
以下、中川昭一氏と安倍晋三氏それぞれの政治姿勢と行動を詳しく見ていくとともに、日本の核政策と自主防衛の歴史、そして今後の展望について考察していきます
中川昭一について
個人的な印象と交流
伊藤貫氏は中川昭一氏と親密な関係にあり、何百時間もの議論を重ねてきたと述べています。伊藤氏の印象によると、中川氏は以下のような特徴を持っていました:
- 非常に正直で純情な人物
- 大胆で勇気がある一方で、心配性で不安症の一面も
- 知的好奇心が強く、国際政治学や核戦略理論に関して熱心に学ぶ姿勢
- 時に突然の恐怖感に襲われることがあった
伊藤氏は中川氏との交流を通じて、彼が政治家としては「あまりにも正直すぎる」と感じていたようです。
政治家としての姿勢と行動
中川昭一氏は、アメリカ政府と真正面から対峙する姿勢を取ることで知られていました。特に以下の二つの出来事が重要です:
2006年の核保有論争
2006年、北朝鮮が最初の核実験に成功した際、中川氏は日本人が核保有について真剣に議論すべきだと主張しました。これに対し、当時の米国務長官コンドリーザ・ライスが急遽来日し、日本に対して核の傘を保証する一方で、核保有の議論を止めるよう要求しました。
伊藤氏は、ライスの「核の傘」の保証が実質的に機能しないことを指摘しつつ、中川氏の勇気ある発言を評価しています。しかし、他の自民党議員や日本のマスコミは中川氏の主張を支持せず、以後18年間、日本の国会で自主的な核保有の議論は行われていないと伊藤氏は述べています。
2008年の金融危機とアメリカとの対立
2008年のリーマンショック時、中川氏は財務大臣として、アメリカの要求する大量の資金提供を拒否しました。彼はアメリカの金融政策の失敗の尻拭いを日本の納税者がする必要はないと主張し、アメリカ政府と対立しました。
ローマでの記者会見と失脚
2008年、ローマでの記者会見で中川氏は酩酊状態で現れ、これが彼の失脚につながりました。しかし、伊藤氏はこの出来事の背景に不自然さを感じており、アメリカによる工作の可能性を示唆しています。
伊藤氏は、中川氏の突然の体調悪化と死亡についても言及し、何らかの外部からの影響があった可能性を示唆しています。
最後に、伊藤氏は中川昭一氏を「正直者の西郷隆盛のようなタイプ」と評し、政治家としては向いていなかったかもしれないが、人間性としては高く評価していると結んでいます。
安倍晋三について
伊藤貫と西部邁の評価
伊藤貫氏は安倍晋三氏と直接会ったのは1回だけだと述べています。しかし、西部邁氏からの評価を引用しつつ、自身の印象も交えて安倍氏を以下のように評しています:
- 政治家として戦後79年間の日本の政界で最も才能があった人物
- タクティカル(戦術的)な面での天才的な才能の持ち主
- 「タクティカルジーニアス」「タクティカルスーパースター」と呼べるほどの存在
一方で、以下のような批判的な見方も示しています:
- 本当の学問や教養が不足している
- 思考力が浅い
- 政治的な感覚は抜群だが、偉大な政治家と呼べるほどの視野や判断力には欠ける
岸信介と佐藤栄作の影響
安倍氏の政治姿勢を理解する上で、祖父の岸信介と大叔父の佐藤栄作の影響が重要だと伊藤氏は指摘しています:
- 岸信介:戦後、CIAとの関係を深め、アメリカの意向に沿った政治を行った
- 佐藤栄作:ニクソン大統領の日本核武装提案を拒否し、非核三原則を打ち出した
伊藤氏は、この家系的背景が安倍氏の政治姿勢にも影響を与え、結果的にアメリカへの従属的な立場を維持することになったと分析しています。
トランプ大統領との関係と自主防衛の機会
伊藤氏は、トランプ大統領が安倍氏に対して繰り返し自主防衛と独立を促したにもかかわらず、安倍氏がその機会を逃したと指摘しています:
- トランプ大統領は2017年から2020年にかけて、十数回以上にわたり日本の自主防衛と独立を促した
- 安倍氏はこの提案を実質的に無視し、アメリカのディープステート(CIA、国務省、ペンタゴン)の意向に沿った行動を取った
伊藤氏は、この点で安倍氏が佐藤栄作と同様の判断をしたと評価し、日本が真の独立国となる機会を逃したと批判的に見ています。
政治家としての評価
最後に、伊藤氏は安倍晋三氏を以下のように総括しています:
- 政治的な立ち回りが非常に上手い
- 中川昭一氏と比較すると、より政治家に向いていた
- しかし、アメリカに追従せざるを得なかった点で、日本の真の独立という観点からは課題が残る
伊藤氏の見解では、安倍氏は優れた政治的才能を持ちながらも、結果的にはアメリカの意向に沿った政策を取らざるを得なかった政治家として描かれています。
日本の核政策と自主防衛の歴史
ニクソン政権時代の機会
伊藤貫氏は、1960年代後半から1970年代初頭にかけて、日本が核保有と自主防衛の道を選択できる重要な機会があったと指摘しています。
1967年:アイゼンハワー元大統領とニクソン(当時大統領候補)が協議
- 日本に核兵器を持たせ、独立国として国際政治の一極とすべきという案が出る
- ニクソンが”Asia After Viet Nam”という論文をForeign Affairs誌に発表
1969年1月~1971年7月:
- ニクソン大統領が佐藤栄作首相に対し、核保有と自主防衛を促す
- 目的:世界を五極構造(アメリカ、ソ連、中国、ヨーロッパ、日本)にしてバランス・オブ・パワー外交を展開すること
伊藤氏は、この提案が実現していれば、日本は真の独立国になれたかもしれないと示唆しています。
佐藤栄作の対応
しかし、当時の佐藤栄作首相はこの提案を理解できず、受け入れませんでした。伊藤氏は佐藤の対応を以下のように分析しています:
- ニクソンとキッシンジャーの世界五極構造構想を理解できなかった
- 「日本はアメリカにしがみついていればいい」という考えから抜け出せなかった
- アメリカの国務省とCIAの意向を重視し、彼らの助言に従った
結果として:
- 佐藤栄作は「非核三原則」を打ち出す
- これはニクソンの望んだこととは正反対の方向性だった
中曽根康弘の役割
伊藤氏は、中曽根康弘もこの時期に重要な役割を果たしたと指摘しています:
- CIAと緊密な関係があった中曽根が、佐藤栄作に非核三原則を勧めた可能性
- これによって、日本はアメリカのディープステート(軍産複合体、CIA、国務省)の意向に沿う方向に進んだ
近年の状況(トランプ政権時代)
伊藤氏は、近年にも類似の機会があったことを指摘しています:
- 2017年~2020年:トランプ大統領が安倍晋三首相に対し、約20回にわたり自主防衛と独立を促す
- しかし、安倍首相もまた佐藤栄作と同様に、この提案を実質的に無視
伊藤氏の見解
伊藤氏は、これらの歴史的経緯から以下のように結論づけています:
- 日本は少なくとも2回、核保有と自主防衛による真の独立国となる機会があった
- しかし、日本の政治指導者たちは毎回これを逃してきた
- その背景には、アメリカのディープステートの影響力と、日本の政治家たちの判断力不足がある
伊藤氏は、この歴史的パターンが今後も続く可能性を懸念しており、日本の将来の安全保障政策に対する重要な示唆を提供しています。
アメリカのディープステートと日本の関係
ディープステートの定義と構成
伊藤貫氏の説明によると、アメリカのディープステートは主に以下の組織から構成されています:
- CIA(中央情報局)
- 国務省
- ペンタゴン(国防総省)
- 軍産複合体
これらの組織は、表面的な政権の意向とは別に、独自の方針で日本に対する政策を推進していると伊藤氏は指摘しています。
ディープステートの対日方針
伊藤氏によれば、アメリカのディープステートは以下のような対日方針を持っているとされます:
- 日本に核保有を認めない
- 日本を永続的にアメリカの属国状態に置く
- 日本の真の独立を阻止する
これらの方針は、時の大統領の意向とは必ずしも一致せず、むしろ対立することもあるという点が強調されています。
歴史的事例
伊藤氏は、以下の歴史的事例を挙げてディープステートの影響力を説明しています:
a) ニクソン政権時代(1969-1971):
- ニクソン大統領が日本の核保有と独立を促す
- しかし、CIAと国務省が佐藤栄作首相に対し、ニクソンの真意は別にあると説明
- 結果として、日本は非核三原則を採択
b) 中川昭一の失脚(2008年):
- 伊藤氏は、中川昭一のローマでの「酩酊会見」がディープステートの工作である可能性を示唆
- 中川氏がアメリカの金融政策を批判したことが背景にあるとの見方
c) 安倍晋三とトランプ大統領の関係(2017-2020):
- トランプ大統領が日本の自主防衛を促すも、安倍首相が応じず
- 伊藤氏は、これもディープステートの影響があったと推測
日本側の対応
伊藤氏は、日本の政治家や官僚、メディアの多くがアメリカのディープステートの意向に沿った行動をとる傾向があると指摘しています:
- 外務省、防衛省の官僚
- 自民党の多くの政治家
- 主要メディア(特に保守系)
伊藤氏は、これらの日本側のアクターがディープステートの意向を重視し、時の大統領の方針よりもディープステートの方針に従う傾向があると分析しています。
今後の展望と課題
伊藤氏は、今後もこの構図が続く可能性を懸念しています:
- 仮に2024年にトランプが再選されても、ディープステートが日本の核保有や真の独立を阻止しようとする可能性
- 日本の政治家、官僚、メディアがディープステートと真正面から対峙する意志と能力があるかどうかを疑問視
伊藤氏は、日本が真の独立国となるためには、このようなディープステートの影響力に対抗する必要があると示唆しています。
今後の展望
トランプ再選の可能性と日本への影響
伊藤貫氏は、2024年の米大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の再選可能性に言及し、以下のような展望を示しています:
- トランプ氏が再選された場合、再び日本に対して核保有と自主防衛を促す可能性がある
- しかし、これはアメリカのディープステート(CIA、国務省、ペンタゴン)の激しい抵抗に遭う可能性が高い
伊藤氏は、たとえトランプ氏が日本の独立を支持したとしても、以下の理由から実現は困難だと予測しています:
- ディープステートは日本の核保有を強く拒否する姿勢を崩さない
- 日本を永続的にアメリカの属国状態に置くことがディープステートの方針である
日本の政治家と官僚の課題
伊藤氏は、日本側の対応にも大きな課題があると指摘しています:
a) 政治家の対応:
- 過去の事例(佐藤栄作、安倍晋三)から、日本の政治家がアメリカ大統領の提案よりもディープステートの意向を重視する傾向がある
- この傾向が今後も続く可能性が高い
b) 官僚の姿勢:
- 外務省、防衛省の官僚がアメリカのディープステートの意向に沿った行動をとる可能性が高い
- 自主的な判断よりも、既存の日米関係の維持を優先する傾向
c) 自衛隊の立場:
- 自衛隊もアメリカの方針に従う可能性が高い
日本のメディアと世論
伊藤氏は、日本のメディア、特に保守系メディアの対応にも懸念を示しています:
- 産経新聞や読売新聞などの保守系メディアが、本当にアメリカのディープステートと対決する勇気と知性を持っているか疑問
- 「日本会議」のような保守系組織も、アメリカのディープステートと真正面から対峙する可能性は低い
日本の自主防衛と核政策の展望
伊藤氏の見解では、以下のような展望が示されています:
- 日本が真の意味で自主防衛や核保有を実現する可能性は低い
- アメリカのディープステートの影響力が続く限り、日本の安全保障政策は大きく変わらない可能性が高い
伊藤氏の懸念
最後に、伊藤氏は以下のような懸念を表明しています:
- 日本が真の独立国になる機会を再び逃す可能性が高い
- 日本の政治家、官僚、メディアが、アメリカのディープステートの意向に反して行動する可能性は低い
伊藤氏は、これらの課題を克服し、日本が真の独立国となるためには、政治家、官僚、メディア、そして国民全体の意識改革が必要だと示唆しています。
結論
伊藤貫氏のセミナー「アメリカと対峙した中川昭一、アメリカに追従せざるを得なかった安倍晋三」は、戦後日本の外交・防衛政策の核心に迫る重要な洞察を提供しています。
中川昭一と安倍晋三の比較
伊藤氏は、この二人の政治家を以下のように対比しています:
中川昭一:
- 正直で純粋、「政治家には向いていなかった」ほどの善人
- アメリカと真正面から対峙する勇気を持っていた
- しかし、その正直さゆえに政治的に追い詰められた
安倍晋三:
- 政治的な立ち回りに長けた「タクティカルジーニアス」
- 政治家としての才能は卓越していたが、真の独立を追求する判断力には欠けていた
- 結果的に、アメリカのディープステートの意向に沿った政策を取らざるを得なかった
日本の外交・防衛政策への示唆
伊藤氏のセミナーから導き出される主な示唆は以下の通りです:
日本の真の独立の機会:
- 過去に少なくとも2回(ニクソン政権時代とトランプ政権時代)、日本が核保有と自主防衛による真の独立国となる機会があった
- しかし、日本の政治指導者たちはこれらの機会を活かせなかった
アメリカのディープステートの影響:
- CIA、国務省、ペンタゴンなどのディープステートが、日本の核保有や真の独立を阻止しようとしている
- この影響力は、時の大統領の意向よりも強い場合がある
日本側の課題:
- 政治家、官僚、メディアの多くが、アメリカのディープステートの意向に沿った行動をとる傾向がある
- 真の独立を追求するための勇気と判断力が不足している
今後の展望:
- 現状のまま推移すれば、日本が真の独立国になる可能性は低い
- 政治家、官僚、メディア、そして国民全体の意識改革が必要
最終的な考察
伊藤氏のセミナーは、戦後日本の外交・防衛政策が、表面的な日米同盟関係だけでなく、より複雑な力学によって形成されてきたことを示唆しています。真の独立国を目指すためには、これらの複雑な要因を理解し、勇気を持って行動する必要があるという伊藤氏のメッセージは、日本の将来の安全保障政策を考える上で重要な視点を提供しています。
同時に、伊藤氏の見解は一つの解釈であり、他の視点や解釈も存在することを認識しつつ、日本の将来の方向性について広く議論を重ねていくことが重要であると言えるでしょう。
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